映画ちいかわ『人魚の島のひみつ』、皆さんはもうご覧になりましたか?
音楽が秀逸だし、画面はきれいだし、私の大好きな海が満載だしで大満足だったわけですが、結局ラストシーンはバッドエンドだったのか?誰が悪かったの?セイレーンは悪者なの?という声がたくさん上がっていますよね。それについて、個人的考察を語ってみたいと思います。よろしければお付き合いください。
セイレーンは罪深い?
大きくて強いやつは好きですか?
可愛くて無邪気なやつは好きですか?
だったら、セイレーンはお好きでしょう(決めつけ)。
だって、とっても愛くるしいんです。
なのに、なぜセイレーンは悪者みたいに言われてるの?
それは、セイレーンが島民を食べていたから(!)です。
なんかちいさくてかわいいやつ=ちいかわ族の世界では、
なんかでっかくてつよいやつ=でかつよたちはちいかわ族を食べるのです。
誰が悪いのか考察してみる
セイレーン「だから食べてるの」
「人魚の島のひみつ」では、セイレーンと3匹の人魚はどこからともなくある日「突然島に現れた」(島二郎談)となっています。
セイレーンと人魚について、ちいかわたちが島のバンガローにあった「伝説の生物図鑑」という本に人魚のページがありましたので、ちいかわ世界では人魚(とセイレーン)は伝説の生き物なのだと思われます。本来討伐対象であるでっかくて恐ろしいセイレーン、常に一緒にいる3匹の人魚という伝説の存在に怯えまくった島民たちは、なんとか穏便にすませたいと島の食べ物を献上し、油っこくて味の濃い料理を気に入ったセイレーンはそのまま島に棲みついた、ということのようです。
縄張りの中にたまたま島があったのか、それとも何らかの理由で元居た場所から移動してきたのか、それは作中では明かされていません。
映画ちいかわのセイレーンは歌声で植物を操ることができます。セイレーンの歌によって島の作物の育ちがよくなり、島民にも少なからず恩恵はありました。怖いばっかりじゃなかったんですね。
物語の序盤、夜の洞窟でちいかわたちを襲いに来たセイレーン御一行様はなかなか不気味な登場でしたが、どこかあっさりとドライな原作のタッチと違い、映画では妖しくも美しい旋律の歌声とともに、原作の5倍増しくらい、非常に印象的な場面に仕上がっていました。
その後、なぜちいかわたちを襲ったのか説明を始めるセイレーンですが、そのとき、本当は3匹いた人魚のうちの1匹を
セイレーン「…食べられちゃったの…」
セイレーン「だから食べてるの」
ちいかわと私「?」
人魚のうろこが集落の途中まで落ちていたので、犯人は島のだれかだと思って名乗り出てくるまで島民を襲って食べている、と。
この衝撃。
さすがナガノさん。ちいかわ世界でもない限り、食べられちゃったから食べてるの。なんてセリフ聞いたことがありません。
だけど、大切な仲間を殺されたら、やっちゃいたくなりますよね(⁉)。
人間はそんなこと行動には移さないですが、ここはちいかわ世界。可愛い絵柄で殺られたり殺りかえしたりは日常茶飯事(怖…)。
というか、この誤解を恐れない潔い描写がすっごく大好きになってしまいました。さすがナガノさん(2回目)、保身を考えてない、ズバッとした切り込み方、しびれる~~。
ちいかわたちが人魚を殺した犯人だというのが誤解だとわかったセイレーンは「まちがえてごめんねー」とすまなそうな顔で襲ったことを謝っています。大きい体を小さく丸めて謝っている姿が、ほんとに素直さが伝わってきて可愛いんですよねぇ。
と、このあたりで納得&セイレーンの可愛さにやられてしまった私…。
この後も、終始セイレーンの行動は素直。憎めない。可愛いです…。
セイレーンは悪いのか?
ちいさくて可愛いちいかわたちのことを、襲ってくるでっかくて強いでかつよたち。
私はでかつよ族の餌というか食べ物はちいかわ族なんだと思っていました。
意外とでかつよがちいかわ族を食べるのに過剰反応する方が多く、すごく嫌悪感を示す方が多いのですが、そういう方はたぶんちいかわ族に感情移入しているんだと思うんです。
でもですよ。私たち人間も牛や豚や鶏を食べるじゃないですか。人間がでかつよ、牛さんたちがちいかわ族だと思ってみてくださいよ。なんら悪いことじゃない、普通のことじゃないですか?でかつよが悪魔のような恐ろしい生き物だから可愛いちいかわ族をわざと食べているわけじゃなく、ただただ食べ物だから食べているだけ、だと思うんですよね。
私はお肉も魚も好きなので、そしてベジタリアンやビーガンではないので、そこに罪悪感は持っていませんので…でかつよさんになっちゃったら、食べ物だから食べますよね?
セイレーンは本来島民を食べてもよかった、でも「命ばかりはお助けを、しいてはこの食べ物を差し上げますので!」って島民が必死に言ってくるから、そしてその食べ物がとっても美味しかったから、じゃあいいよ、ってOKしてあげたんだと。日本昔話によくある、荒ぶる神を鎮めるために生贄をささげる話と比べたら、食べ物でOKしてあげるなんて優しいいい子だと思いました。
しかも、この交換条件は島民にとって悪いことばかりではなく、セイレーンの歌声のおかげで植物がよく育ち、結果winwinな関係に落ち着いていたわけですよ。
ところがそんなある日、突然大事な仲間の人魚の一匹が殺されて食べられてしまった、その犯人は島民のようだ。いったいなぜ?!
というのがセイレーンから見た事件の発端なわけですから。
まあ、…そんならなぜ何も島民に問うことをせずいきなり食べた?!という話ではありますが。古今東西、ドラマから二時間ドラマから(両方ドラマだが)、だいたいの話はきちんと話し合っていれば、もしくは警察にちゃんと通報していれば、そもそも起こらない話ばっかりですから、作劇の都合上仕方ないのかもしれませんけど、まあ…、セイレーンが悪いとしたらそこだと思います。
ひょっとしたら、セイレーンは「美味しい料理をくれたから、せっかく食べないであげてたのに恩をあだで返された。ヒドイ。もう許せない。」くらいのお気持ちではでは?
名乗り出るまで食べてるの、って、そりゃ最初から「人魚を食べた犯人出てきなさい!」ってやったほうがよかったよねって思うけどさ…。そうしたらこの話なかったことになっちゃうしね…。
じゃあ島民が悪いのか?
では今度は視点を変えて島民から見てみます。
ある日突然荒ぶる神がやってきた!ひー、助けて!!
でも食べ物をあげたら暴れないでくれたぞ。しかもセイレーンの歌で農作物がよく育つぞ。よかった~。
まあそうですよね。平和に暮らしていただけなのに、いきなり脅威の生物がやってきたのですから慌てますよね。なんとか穏便に事をすますことに成功し、ハラハラしながらもうまくやっていたはずだったのに、ある日突然、セイレーンが島民を食べ始めた!なんで?!ヒドイ!というお気持ちでしょうね。
ではだれが人魚を殺したのかというと、物語の最初から登場していたヒトハその人でした。それは、フタバを生かすため。でした。
ヒトハとフタバは悪いのか?
そもそもの発端はこいつらではないか~。
そうなんですよね。
瀕死の重傷を負ったフタバを助けるため、フタバに人魚の肉を食べさせようとするヒトハ。なぜなら人魚の肉を食べると永遠の命が手に入るといいう噂だから。
…噂~?しかも「伝説の生物図鑑」の豆知識コーナーに載っていただけの情報なんですが?
豆知識コーナーがあるような本って、だいたいが子供向けですよね。イラストで描かれた博士が「人魚の肉を食べると…永遠のいのちが手にはいるってうわさじゃ」と書いてあるだけの、子供向け情報なんですけど。でも、ちいかわ世界では実際に目の前に人魚がいるわけですから、信ぴょう性が高い情報とされているんでしょうか?
フタバが瀕死の重傷を負ったのは、小舟に乗って海に釣りに出ていたヒトハとフタバが、イカをボールに見立ててキャッキャと遊んでいたセイレーンたちの近くに行ってしまい、巻き込まれ事故にあった、ということなので、そもそもセイレーンのいる海域に近寄らなければよかったんではないかと思うわけですよ。
島の近くはみんなセイレーンのいる海域になっているからそれは無理、なのかもしれませんが、セイレーンがいることは二人はわかっていた。怯えるヒトハに、フタバは「セイレーンのおかげで農作物がよく育ってるじゃん」みたいな感じで大丈夫だよ怖がることないよ、と説明している描写があります。それだけじゃなくて、「オーイ」と声掛けしているところから、フタバはセイレーンにかなり親しみを感じていた模様。ヒトハは「エー…」と引いているので、この辺はハチワレとちいかわの関係によく似ています。初期ちいかわで、スフィンクスに呼びかけるハチワレと、怯えるちいかわを思い出しました。
ところが!誤って人魚が変な方向に飛ばしてしまったイカを追いかけて、セイレーンは大ジャンプ!
そのジャンプの先に、なんとヒトハとフタバの乗っている小舟が!
小舟はひとたまりもなく大破しましたが、セイレーンは「なんか当たったかな?」と言ったっきり、気にもせずに遊びを再開。圧倒的強者感。大きい生き物からしたら、小さい生き物は目にも入らなかったんですよね。食物連鎖のトップ(なのかどうか知りませんが)から見たら、世界は自分のもの、下々のことなんて目に入ってないんですよね。しょうがないよね。
※セイレーンに悪気はないのは、その後の可愛いお顔や(おいおい…)、物語の冒頭でちいかわたちにちゃんと頭を下げて謝ったりしている描写から明らかで、もしもこのとき自分たちがヒトハとフタバが乗っていた小舟を破壊してしまったことを知っていたら、心から謝ったのではないかと思われます。そして、ちいかわたちを助けて自分たちの体で暖めていたように、ヒトハとフタバのことも何とか助けようとしてくれたのでは。
問題はその後です。九死に一生を得て浜に打ち上げられた二人でしたが、フタバは瀕死の重傷を負っているではありませんか。
※ここも他のエピソードとの類似性が見られます。先ほどはハチワレとちいかわに似ていた二人ですが、ここでは、あのこが初めてちいかわ族を食べたエピソードを思い起こさせます。あちらはあのこの可愛さに油断した戦犯ちゃんが生き残り、警戒を解かなかった仲間が食べられてしまったという、さらに救いのない話になっていますが。
なんとか自宅に戻り、フタバをベッドに寝かせますが、今にもあの世に旅立ってしまいそう。こんなことになったのもセイレーンと人魚のせい、とばかりにヒトハの心に憎しみが募りますが、そこで思い出したのが例の図鑑の情報。
ヒトハはセイレーンたちが寝静まるのを待って、人魚を一匹起こし、しるこサンドでおびき寄せて撲殺。…謎に行動力がありすぎる展開…。物語は極端な性格の者が牽引するんですね…。この撲殺シーン、原作ではサラッとした描写で特に気に留めていなかったのに、映画では音がリアルで描写もシリアス、これまた5倍増しに恐ろしいシーンになっていました。
ヒトハとフタバの罪と罰
さて、煮つけになった人魚の肉を食べたフタバは無事に生き返り、永遠の命を得ました。あの怪しい本の情報は本当だったんですねえ。さすがちいかわ世界です。そうじゃないと面白くないしお話が始まらないのでそりゃあそうなんですが。
フタバは生き返った喜びもつかの間、なぜ自分が助かったのかをヒトハから聞いて衝撃を受けます。自分だけ永遠に生き続けるってことの重大さをすぐに理解したんですね。そして、ヒトハにも煮つけを食べるように震えながら強く促します。一蓮托生を望む!一人だけは嫌!自分を永遠に生きるものにした責任をとれ!ヒトハは震えながらもフタバの差し出した人魚の肉を食べました。
ここ、原作と映画では少しだけ違っていて、フタバに差し出された人魚の肉を食べるのに、ヒトハは映画では一度嫌がっているんですよね。強く要求されて食べましたが…お前…人にしておいて自分は嫌だとか…通るのか…人を勝手に不老不死にしておいて…。
このことから、ヒトハは一時の激情から思わず人魚をやってしまっただけで、あまり深く考えていなかったということになります。セイレーンへの警戒心を持ち続けていたというところはちいかわのような慎重派に見えていたヒトハですが、この行動はずいぶん浅はかにも見えます。それだけフタバのことが大切な存在だったんでしょう。二人の関係が友達なのか家族なのかカップルなのか、というのは明かされていないので、見た人の解釈でいろいろあるようですが、私は作中でしつこいくらい「い~つまでも~たえる~ことなく~と~もだちで~いよう~」と歌われているので、友達説を推します。ちいかわとハチワレとの対比というのも含めて。
しかし、この島にはお医者様はおらんのでしょうか?人魚の肉を食べさせる前にすることがあったのでは?ここがあまりにも二人だけの世界なので、セイレーンも島民も起こったこと=真実を知らず、悲劇が始まりました。
もし、お医者様を呼んで、今回の事件が島民の知るところになれば、セイレーンにも事のあらましが伝わり、きっと心から謝ってくれたのではないかと思います。もしかしたらお詫びに島を出て行ってくれたかも。
なのにもかかわらず、ヒトハとフタバは医者を呼ばず(いないのかも)、電池仕掛けの永遠の命となり、人魚を殺されて怒ったセイレーンが島民を襲い始めても、誰にも真実を告げずに仲間が殺されていくのをただただ黙って見ていた。ということになります。
(電池仕掛けの永遠の命。と書くと、ちょっと銀河鉄道999を思い出します。昭和の乙女なので(笑))
ここから先は、ひたすらヒトハとフタバが卑怯な行動をとっています。が、もし自分だったら、大事になりすぎてやっぱり誰にも言えないかもしれないですね。でもそもそも不確かな情報だけで人魚を殺さないので。同情はしていないのですが。
セイレーンが島民を襲っているのは、人魚が殺された報復である、と、ヒトハとフタバだけはわかっていたはず。だけど、どれだけ命が失われても、二人が真実を島民に明かすことも、セイレーンに直接交渉に行くこともありませんでした。
島民は卑怯じゃないのか?
ここで島民が取った行動。
なんと、嘘のチラシで釣って外部に助けを求めることでした。
自分たちで太刀打ちできなかった、という部分が描写されていないので、やむに已まれず外に助けを求めたのかもしれませんがそこはわかりません。
どちらにしろ、自分たちが全然歯が立たない強大な敵セイレーンを討伐してほしい、とは書かずに、「島でのカンタンな討伐で100倍の報酬をもらおう」という、世間で闇バイトの誘い文句とツッコミが絶えなかったチラシを作製し、鳥に運ばせて島以外の遠くちいかわたちのいる陸地にまでばらまいていました。
それにわらわらと釣られたちいかわ族が多かったのも面白かったですが、基本的に島民たちの性格は嘘つきで他力本願なのかと疑いたくもなりますね。その文脈で考えると、ヒトハとフタバも、実に島民らしい性格、と言えるのかもしれません。
結論、誰が悪かったのか?
そういうわけで、私としては、事件が起こったときに秘匿してしまったヒトハとフタバに問題がある、と思わざるを得ません。でもこれはいろんな方がいろんなことを思っているので、セイレーンが疑う余地もなく悪い、とされている方もいましたし、いろんな感想があることは、皆さまもご存じのとおりです。
この話は現実世界でもなければ人間界の話でもないので、善悪の基準がはっきりしないわけで、見た人の数だけ真実がある、ということなのかもしれませんね。法律がないための悲劇、と、法曹界の方?や国際政治学の方がたくさん考察されていました。
映画ちいかわの最後はバッドエンドなのか?
物語の最後、ちいかわたちがすべてが終わったと思って船で自分たちの暮らしへと戻って行ったあと、本当のエンディングがありました。
ヒトハとフタバは自分たちの罪をちいかわに知られたと悟り、静かに二人だけで島を出ます。またしても誰にも何も言わず、…。
ところが、神は二人を見逃しませんでした。二人が上陸した小さな島(おそらく無人島)に向かうセイレーンと二匹の人魚。楽しそうな無邪気な笑い声が響く…。
最後どうなったのか、解釈を読者、視聴者にゆだねて終わっています。普通に考えれば、結局はセイレーンが二人を見つけ、「深くてくらーいとこで、『永遠のいのち』を味わってもらうの」が実行されてしまう未来しか見えないと思うのですが。
中には、希望的観測として「セイレーンはただ海で遊んでいただけ」「ヒトハとフタバと和解する」などなど、いろんな意見があるようです。
もし万が一、ヒトハとフタバがセイレーンに見つからず生き延びたとして、人は、そしてちいかわ族も一人では生きていけない社会的な生き物であり、無人島で二人だけで生活していくのは厳しいと思いますねえ。しかも単三電池が切れたらそのまま死ぬんだし。どうするんでしょうね…。怖い怖い。
ヒトハとフタバはセイレーンに捕まってしまったのか?⇒バッドエンド
捕まらずに永遠に二人だけで他者とかかわらず暮らす⇒それもまたバッドエンド
なのではないでしょうか。
でも、正直者が馬鹿を見る世界ではなかった、罪を犯せば必ず罰せられる、それを信じられる、と思えば、真面目な人は生きやすい世界ともいえますよね。神(ナガノさん)の視点を持つと、バッドエンドではない…?のかもしれません。
ちなみに、この考察でヒトハとフタバが海で事故にあうシーンは、原作の二人について書きました。映画は2回見ましたが、そこまで細かいところを覚えてなくて💦すいません。機会があったらまた見てきます。
おまけ:セイレーン豆知識
本来のセイレーンとは、美しい歌声で船乗りを惑わす伝説の生物です。
古代のギリシャ神話では上半身が女性、下半身は鳥の姿をしていました。13世紀ごろから、人魚のイメージと混ざり合い、鳥の要素が抜けていきました。映画ちいかわで登場するセイレーンも、下半身が魚の姿をしています。
ナガノさんによると、セイレーンのデザインの上半身のモデルは愛知県の犬張り子だそうです。伝説上の海の生き物の外見を陸の動物から持ってくるなんて、よく考え付きますよね。今回はでかつよといえど可愛くしたかったみたいで、このデザインに決定するまで、コンテ段階では可愛いでかつよ代表のあのこで代用していたそうです。
(あのことセイレーンが大好きな私のためのようなエピソードありがとうございます。)
それはともかく、やっぱり仕事として広く人に受け入れられるデザインを考えるのって大変なことなんだなあ、って妙に感心してしまいました。
下半身のモデルは金魚とのことでした。なんで魚じゃなくて金魚なのか…?
ちなみにこの作品で使われたしるこサンドはまたもや愛知県の会社「松永製菓」が製造しており、今年は映画のキャンペーンでセブンイレブンにてちいかわパッケージのしるこサンドが売っていて、もちろん買いました(笑)
それから、私の感想ですが、セイレーンがキャロライナリーパー入りのカレーを食べてもがき苦しんでいるところ、映画だと思ったより長くてつらそうで可哀そうでした💦私自身がからいもの苦手なので余計辛さが伝わってきました💦
あと、終始音楽が素晴らしかったですね。うさぎラップはものすごい原作より膨らませてあって、見どころの一つになってました。
総じて出来がものすごくいい映画になっていて、ちょっとでも興味があったら見て損のない作品になってました。いくら特典商法と言われても、作品がよくなかったらそんなにみんな映画館には行かないですよね。今後はどのくらいまで興行成績が伸びるのかしら。ちょっと楽しみです。

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